睡眠周期と最適な入眠時刻:90 分という周期は検証に耐えるか
目覚ましを 7:00 に合わせ、90 分を 5 つ遡ると 23:30 になる。睡眠計算ツールのほとんどは、まずこの答えを返してくる。
この数字の背後には三つの別々のものが重なっている。実際の発見と、平らにならされた平均値と、一度も検証されたことのない約束だ。この記事はその三つを分ける。
先に結論を書く。「90 分ルール」は学術用語ではない。 論文にも睡眠医学の教科書にもこの語は出てこない。スポーツ選手向けに書かれた一般向けの書籍に由来し、どこかの時点で「ルール」という言葉が付け加えられた。周期は実在する。90 分は平均値だ。そして「90 分の倍数で眠ればすっきり目覚められる」という主張には、根拠がない。
I. 90 分という数字はどこから来たのか
1953 年、シカゴ大学の Eugene Aserinsky と Nathaniel Kleitman は、眠っている乳児に周期的に現れる急速眼球運動を記録し、それを脳波の変化と対応づけた。それ以前、睡眠はひとつの均質な状態とみなされていた。それ以降、睡眠は二つの状態が交代する過程になった。これが現代の睡眠科学の出発点である。
多導睡眠検査(ポリソムノグラフィ)は、一晩を N1、N2、N3、REM の並びに分解する。この並びはランダムではない。ノンレム睡眠とレム睡眠が交互に現れ、1 日より短い周期の生体リズムを形成する。学術的には概日リズムより短い周期のリズム、すなわちウルトラディアンリズム(ultradian rhythm)と呼ばれる。
「90 分」はこのリズムの集団平均である。
平均は定数ではない。Feinberg と Floyd は 1979 年に一晩全体の周期構造を解析し、約 70%の被験者で、個々の周期の長さがその人自身の平均から最大 20 分長いか短いかを示した。残り 30%ではばらつきはさらに大きかった。これは測定誤差ではない。周期そのものの性質である。
Feinberg が 1974 年に発表した別の年齢横断解析は、方向性を与えている。被験者を 6 群(平均年齢 7.4 歳から 77.3 歳)に分け、周期ごとに採点したところ、REM 期の長さは第 1 周期から第 3 周期にかけて伸び、その後は横ばいになることがわかった。そして最年長群では、最初の REM 期がすでに後続の周期と同じ長さだった。若年成人に見られる「前半は短く、後半は長い」という勾配自体が、年齢によって変わるのである。
つまり「周期は 90 分」という一文は、少なくとも二つの情報を落としている。平均値であること、そしてその平均が一晩の中で一定ではないことだ。
「R90」の由来はまったく別である。 スポーツ選手の睡眠指導を行ってきた Nick Littlehales が 2016 年に出したSleep(邦題『睡眠革命』)に由来する。これはプロ選手向けの実務マニュアルであり、研究論文ではなく、検証可能な仮説も提示していない。そこでの助言は「睡眠を 90 分の倍数で組み立てる」というものだ。これは経験的な処方であって、知見ではない。それを「ルール」と呼ぶのは、原典より一歩踏み込んだ言い方になる。
II. 一晩は実際どうなっているのか

図にある四つの数字、78、88、100、105 のうち、90 はひとつもない。それがこの図の言いたいことだ。
はっきりさせておく。これは模式図であり、誰かの実際の記録ではない。周期の長さと段階の分布は、文献が報告している一晩を通じた傾向に沿って描いたもので、構造を示すためのものだ。今夜の自分の時刻表を算出する用途には使えない。
図から読み取れることは三つある。
深睡眠はほぼ前半に集中する。 N3 は入眠後 3 時間の大半を占め、その後急速に減る。身体の修復と成長ホルモンの分泌が集中する時間帯である。
REM は朝に向けて長くなる。 最初の REM 期は十数分だが、最後は 40 分を超えることもある。したがって「2 時間短く眠る」は「全体を均等に少し減らす」ことではない。削られるのは圧倒的に REM だ。
実際の一晩はきれいな階段ではない。 図にある 2 回の短い覚醒(縦軸が W へ跳ねる箇所)は正常である。多くの人は一晩に数回、数秒から数分の覚醒を経験しており、翌日には覚えていない。
図では示せないこともある。周期の長さは毎晩変わる。前日の睡眠負債、その日の活動量、アルコール、室温がそれを書き換える。
III. なぜ起きてもまだ眠いのか
目覚めた直後のぼんやり感、鈍さ、集中力の低下には名前がある。睡眠慣性(sleep inertia)である。
Hilditch と McHill による 2019 年の総説は、その時間経過を精密に整理している。
- 最も強い影響は覚醒後30 分以内に現れる。
- 通常は 30 分以内に睡前の水準へ戻り、早ければ15 分で戻ることもある。
- ただし完全な回復には少なくとも 1 時間かかる。
- 主観的な覚醒度は2 時間まで改善を続け、暗算課題の成績低下は3.5 時間かけてようやく消える。
増悪させる要因はいくつかあり、そのどれも「どの周期にいるか」ではない。
睡眠負債。 慢性的な睡眠制限(24 時間あたり 5.6 時間の睡眠機会)では、8 時間の対照群と比べて、覚醒直後の成績が10%低下した。
概日位相。 総説の表現を借りれば、睡眠慣性は生物学的夜、すなわち深部体温の概日最低点付近で最も強くなる。午前 3 時に起こされるのは午後 3 時に起こされるよりはるかにつらい。これは周期の数え方とは無関係だ。
睡眠段階——最も有名な説であり、最も証拠が混乱している論点。 支持する側では、Stampi が徐波睡眠から覚醒した場合に成績が睡前より41%低下したと報告し、N2 から覚醒した人はすでに起きていた人と同程度だったとした。反対する側では、Lovato らの研究で、被験者の 91%が徐波睡眠から覚醒し、しかも直前の睡眠期間の半分以上が徐波睡眠を含んでいたにもかかわらず、成績低下は観察されなかった。総説自身の結論は、徐波睡眠が睡眠慣性に果たす役割について明確な結論を出すのは現時点では難しい、というものだ。
見落とされがちな点をもう一つ。睡眠慣性は睡眠不足のときにだけ起きるものではない。 8 時間しっかり眠り、いつもの時刻に自然に目覚めた場合でも出現し、少なくとも 1 時間は続く。
総説の一節を独立して引いておきたい。
これらの指針に従うことで睡眠慣性のリスクは下げられるが……睡眠慣性のない目覚めを保証するものではない。
IV. なぜ「周期の終わりに起きる」は実行できないのか
理屈は筋が通っているように聞こえる。周期は 90 分なのだから、4 つ目か 5 つ目の終わりに起きれば深睡眠を避けられる、と。問題は、この戦略が四つの前提を必要とし、そのどれも成り立たないことだ。
第一に、今夜の周期の長さはわからない。 Feinberg と Floyd の数字は、70%の人で ±20 分のばらつきがあるというものだった。5 周期分積み上げれば、末尾の誤差は 1 時間を超えうる。90 分から計算した「周期の終わり」は、4 周期目の真ん中に着地するかもしれない。
第二に、いつ眠りに入ったかわからない。 計算ツールは 15 分と仮定する。実際の入眠潜時は毎晩変わる。日中に摂ったカフェイン、明日の予定、前夜にどれだけ眠ったかで動く。臨床的には 30 分未満が正常とされる。つまりこの値自体が 30 分の幅を持っている。
第三に、睡眠は離散的なブロックではない。 寝返りを打ち、短く目覚め、また眠る。目覚ましが鳴った瞬間、どの段階にいるかはわからない。避けたはずの深睡眠にいることもある。
第四に、市販のデバイスは睡眠段階を測れない。 腕時計やリングは心拍変動と体動から推定しているのであって、脳波を見ているわけではない。返ってくるのは推定値であって、判定ではない。「いま周期の終わりにいます」と正確に告げるのは、その能力を超えている。
そして根本的な問題はこの四つではない。この戦略は「目覚めたときの睡眠段階が、その後の頭の冴えを決める」という前提に立っている。前節で見たとおり、その前提の証拠は矛盾している。
V. 何が「何時に寝るべきか」を決めているのか
睡眠は二つの過程で調整されている。Borbély が 1982 年に提唱した二過程モデルで、現在も枠組みとして使われている。
過程 S(睡眠恒常性):起きている時間が長いほど睡眠圧が蓄積する。睡眠がそれを放出する。
過程 C(概日リズム):視交叉上核が駆動する内因性リズムで、周期は 24 時間よりやや長く、光によって毎日校正される。
最適な入眠時刻は、この二本の曲線が交わる位置であって、90 分の倍数ではない。Czeisler らが 1980 年にScienceに発表した実験は、この問題の重みを示している。睡眠時間を 8 時間に固定しても、睡眠の長さと構成は、どの概日位相に置かれたかによって変わった。同じ長さでも、位置が違えば構造が違う。

したがって実用的なアンカーは起床時刻であり、就寝時刻ではない。 理由は三つ。
起床時刻は、明るい光に初めて当たる時刻を決める。光は体内時計を合わせる最も強い信号である。起床時刻を固定すれば、就寝時刻は自然に収束する。逆は起きない。
規則性そのものに独立した価値がある。Windred らは 2024 年、UK バイオバンクの約 6 万人を対象とした前向きコホートで、睡眠規則性指数(SRI)で測った規則性が、総死亡リスクを睡眠時間よりも強く予測することを示した。「毎晩だいたい同じ時刻に寝て、毎朝だいたい同じ時刻に起きる」ことは、「7 時間か 8 時間か」を悩むより重要なのである。
さらに社会的ジェットラグがある。Wittmann らが 2006 年に提唱した概念で、勤務日と休日の睡眠中央時刻の差を指す。週末に 2 時間遅く眠れば体内時計は 2 時間後ろにずれ、月曜の朝は時差ぼけのフライトと同じになる。時間は返済できても、位相は返済できない。
VI. 当サイトの睡眠計算ツールは何を計算しているのか
この記事が clockhub にある以上、自前の計算を開示しておく。
睡眠計算ツールに埋め込まれている定数は次のとおり。
SLEEP_CYCLE_DURATION = 90
周期の長さは 90 分に固定されている。周期数は四捨五入で求める。
calculateSleepCycles = Math.round(睡眠分数 / 90)
起床時刻から就寝時刻を逆算するときは、入眠用の緩衝として 15 分を固定で引く。
adjustedBedTime = bedTime - 15 * 60 * 1000
段階の内訳は、1 周期あたり固定で配分する。深睡眠 20 分、REM 25 分、浅睡眠 45 分。
ここまでの節と照らせば、どの出力を信じ、どれを目安にとどめるべきかは明らかだ。
信じてよい:年齢別の睡眠時間の範囲。 ツールの 8 区分——新生児 14〜17、乳児 12〜15、幼児 11〜14、未就学児 10〜13、学童 9〜11、思春期 8〜10、成人 7〜9、高齢者 7〜8 時間——は、米国睡眠財団(National Sleep Foundation)が 2015 年に示した区分と一致し、成人 7〜9 時間は米国睡眠医学会と睡眠研究学会の 2015 年共同合意(健康な成人は定期的に 7 時間以上)とも整合する。この欄には出典がある。
信じてよい:起床時刻から逆算した睡眠ウィンドウ。 おおまかな計画としては妥当な範囲を返す。ただし点ではなく範囲として扱うことが前提だ。
目安にとどめる:周期数。 周期の長さが一定の 90 分ではない以上、Math.roundが返すのは近似値である。「だいたい 4〜5 周期」を伝えるのには使えるが、「ちょうど 5 周期目の終わりに起きられる」という意味は持たない。
目安にとどめる:深睡眠・浅睡眠・REM の分数。 実際の段階の比率は一晩の中で動く。前半は深睡眠が多く、後半は REM が多い。20 / 25 / 45 の固定配分は、その変動を均してしまった後の値である。直感を作るには向くが、昨夜の自分を採点するのには向かない。
目安にとどめる:睡眠の質スコア。 時間・年齢・主観的な質・生活習慣・環境を重み付けしたスコアであり、臨床尺度ではない。
したがって正しい使い方はこうなる。「ウィンドウ計算ツール」として使い、「段階予測ツール」として使わない。
VII. 使える形に落とすと
ここまでの内容を実行可能な手順にまとめる。
1. まず起床時刻を決め、7 日間変えない。 正確さが必要なアンカーはここだけだ。週末も 1 時間以上遅らせないようにする。
2. 睡眠時間は年齢区分から範囲で決め、点で決めない。 成人なら 7〜9 時間。実際の必要量はその範囲のどこかにある。計算ではなく試行で見つける。
3. 90 分は粒度として使い、目標にしない。 逆算は 7.5 時間と 9 時間の二択にして、前後 30 分の余裕を許す。役割は「今夜何時に寝るか」を二択に単純化することであり、すっきり目覚められる保証ではない。
4. 入眠の緩衝を確保し、それが毎晩違うことを受け入れる。 15 分はよくある値であって、あなたの値ではない。普段どれくらいで眠りに入るか、おおよそ把握しておけば十分だ。
5. 起床後 30 分以内に光を浴びる。 カーテンを開ける、あるいは 10 分外を歩く。これは「正しい周期で起きる」どんな技巧よりも、生活リズムを安定させる。
6. 「周期の整数倍眠る」を目標にしない。 十分な時間眠ること、規則的に眠ること。この二つには明確な証拠がある。周期を揃えることにはない。
7. カフェインは前倒しで計算する。 半減期は約 5 時間。午後の一杯は、真夜中にも 4 分の 1 が体内に残っている。
受診を考える目安: 横になって 30 分以上眠れない状態が、週 3 晩以上、3 か月続く。十分な時間眠っているのに日中の眠気が強い。パートナーからいびきと無呼吸を指摘された。いずれも周期の調整では解決しない。
VIII. では、90 分ルールは検証に耐えるのか
記事の三つの主張を分けて判定する。
| 主張 | 判定 |
|---|---|
| 睡眠はノンレムと REM が交代する周期で進む | 真。 1953 年以降の多導睡眠検査が一貫して支持している。ウルトラディアンリズムは睡眠構造の基本単位である。 |
| 1 周期は約 90 分 | 半ば真。 集団平均である。個人間、同一夜の周期間、年齢間でばらつきは大きい。 |
| 90 分の倍数で睡眠を組めば周期の終わりに目覚め、すっきりする | 未検証。 「目覚めたときの睡眠段階が覚醒度を決める」という前提に依存しており、その証拠は矛盾している。さらに今夜の周期長と入眠時刻の事前把握が必要だが、どちらも不可能だ。 |
結びはこうなる。
90 分は有用な尺度であり、実行可能な時刻表ではない。 睡眠がおよそ 1 時間半の単位で組織されていることは教えてくれる。今夜のその 1 時間半がどこで終わるかは教えてくれない。
実際に果たせる約束はもっと地味だ。起床時刻を固定すること、年齢に見合う時間を眠ること、生活を規則的にすること。この三つには証拠があり、しかもどれも数字を正確に合わせることを要求しない。
参考文献
- Aserinsky E, Kleitman N. Regularly occurring periods of eye motility, and concomitant phenomena, during sleep. Science. 1953;118(3062):273-274.
- Feinberg I, Floyd TC. Systematic trends across the night in human sleep cycles. Psychophysiology. 1979;16(3):283-291. doi:10.1111/j.1469-8986.1979.tb02991.x
- Feinberg I. Changes in sleep cycle patterns with age. Journal of Psychiatric Research. 1974;10(3-4):283-306.
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- Borbély AA. A two process model of sleep regulation. Human Neurobiology. 1982;1(3):195-204.
- Czeisler CA, Weitzman ED, Moore-Ede MC, Zimmerman JC, Knauer RS. Human sleep: its duration and organization depend on its circadian phase. Science. 1980;210(4475):1264-1267.
- Wittmann M, Dinich J, Merrow M, Roenneberg T. Social jetlag: misalignment of biological and social time. Chronobiology International. 2006;23(1-2):497-509.
- Watson NF, Badr MS, Belenky G, et al. Recommended amount of sleep for a healthy adult: a joint consensus statement of the American Academy of Sleep Medicine and Sleep Research Society. Sleep. 2015;38(6):843-844.
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- Windred DP, Burns AC, Lane JM, et al. Sleep regularity is a stronger predictor of mortality risk than sleep duration: a prospective cohort study. Sleep. 2024;47(1):zsad253. doi:10.1093/sleep/zsad253
- Littlehales N. Sleep: The Myth of 8 Hours, the Power of Naps, and the New Plan to Recharge Your Body and Mind. London: Penguin; 2016.
ご自身の起床時刻からウィンドウを算出したい場合は睡眠計算ツールをどうぞ。前節のとおり、ウィンドウ計算ツールとして使うのが正しい使い方だ。